2011年3月 6日

【書評】EVERNOTE「超」知的生産術

「象の皮をかぶったオオカミ」

この本をヒトコトで評するとこうなる。



Evernoteという冠はついているが、知的生産を主眼に置いた内容になっているので、読了したときにいわゆるEvernote本を読み終えたという感じは一切しなかった。Evernoteのトレードカラーである「緑本」ではなく「青本」であることの意味がわかったような気がした。

そこにはEvernoteがあくまでも著者自身の知的生産活動におけるツールとして使われているだけに過ぎないという姿勢を見た気がする(倉下さん、ちがってたらツッコミください)。

様々なWebサービスGTD/タスク管理ツールがリリースされている昨今、この姿勢は忘れてはいけないと思った。
試されるのは我々ではなく、ツールの方であるということを。

とはいいながらもEvernoteのノートブック、タグを活用した「整理の基本」部分は色々とグッときた。

整理はノートブックで、検索はタグで。これが今まで自分にはなかなか見えていなかった。とくにタグについては、ノートブックと同じレベルで考えていて、ある程度タグを用意しておいてノートをそれに「当てはめていく」という事をしてしまっていた。

完全に今現在の自分の思考の範囲を超えられない状態であった。タグ一つとっても本書で言うところの"「新しい分類」を考えること自体が知的生産"がとても出来る状態には無かったのである。

でも北さんや著者の本を読み、そしてEvernote系のイベント・セミナーでお話を伺ったりする中で、ようやく自分の凝り固まった考え方が徐々にほぐれて来たような気がする。

そして本書のキーワードといってもいいのが
マドルスルー
という言葉である。

書中では「使いながら最適な形を見つけていく方法」と定義されている。そして知的生産活動をこのマドルスルーの考え方を用いて、Evernoteにおいて実践していくという「倉下式マドルスルー整理法」が紹介されている。

本書ではKJ法や外山滋比古氏の発想法をEvernoteで実践する方法も書かれているが、この「倉下式マドルスルー整理法」はEvernoteを活用した、まさに次世代の知的生産アプローチといっても過言ではない。是非購入の上、読んで頂きたい部分である。

知的生産、ということを考えたときに、Evernoteは「収集」「整理」「アウトプット」という知的生産におけるフェーズを全て包括しうるツールであると思っている。

ただ、Evernoteが果たしてその人にとって適したツールであるかということは、これはさすがに自分自身でしかわからない。私自身、Evernoteを使いこなせていないし、かといって他のツール、サービスのプロか、といわれるとそうでもない。

もう少しマクロなレベルでの「マドルスルー」(どのツール、サービスがいいのかということを色々と試して選んでいく)をしている段階である。

Evernoteが自分に適しているのかを見極めるためのヒント、といっては失礼かもしれないが、本書はそのヒントを得るには(自分自身にとって)とても参考になる本であり、それを抜きにしても、「知的生産」という観点で今までの著者の想い、考えが凝縮されたかなりの良書だと言って過言ではない(巻末の参考文献リストの本達も見逃してはならない)。


あとがき
著者の倉下忠憲(@rashita2)さんには、「一番乗り書評エントリー書きます」なんて豪語してしまっていたのですが、こんなに遅くなってしまいました...。
でも想像以上に読み応えがあったんだもん...(言い訳)
そして、今日のエントリーはいつもの「ですます」ではなく「である」調で書いてみました。何となくの気分で。

2011年2月 8日

【書評】EVERNOTE情報整理術




今回の書評エントリーは
Hacks for Creative Life主宰であり、シゴタノメンバーであり、gihyo.jpでの連載をもつなど大活躍の北真也(@beck1240)さんの初出版本、「Evernote情報整理術」です。

「クソ丁寧」

私がこの本を読み終えた時に真っ先に思い浮かんだのがこの言葉でした。言葉は悪いですが、一つ一つのことが丁寧に書かれていて、かつ分かりやすい図も随所にあり、本当に「クソ丁寧」な本なのです。

私のようなEvernoteを使ってはいるものの何を入れていいかわからない、入れても見返さないという人から、結構使いこなしてるつもりだけど、もっとうまいやり方ないかな、ここがめんどくさいという人まで幅広い範囲のニーズに応えられる一冊だと思います。

Evernoteを使った情報の収集・整理・活用の各フェーズにおける考え方、ツール・アプリの使い方が「クソ丁寧」に書かれていますが、文章からは不思議とそれらを読者に押しつけようという「強制感」がまるで感じられません。

色々な方法、考え方、使い方があるよ、ということを提示した上で、読者自身ができることからやってみては?というスタンスが垣間見えた気がします。

私個人はRSSで取得した情報をうまくEvernoteに取り込みたいと思っていてなかなか出来ていなかったので、他のWebサービスと連携させたEvernoteへの取り込みというところは本書の内容が非常に参考になりました。

もう一度言いますが、「クソ丁寧」というのは上級のほめ言葉です。@beck1240さんのブログエントリーや連載を今までにご覧になった方は何となくわかっていただけるのではないでしょうか。あの懇切丁寧、一球入魂の姿勢が、この一冊に凝縮されていると言って過言はありません。

書評に関しては、@beck1240さんをよりよく知る@ttachiさん、@kazumotoさんのすでにすばらしいエントリーがありますので、そちらにお任せします笑。



以下書中から個人的に気になった部分をピックアップ。

・EvernoteでGTD
GTDの基本説明もしっかり書かれているのでEvernoteだけでなくGTD入門としても十分なのではないかと。

・ノートブックの命名
ペルソナ・情報の段階でつける。

・タグの命名
5W1H・感情・プロジェクトでつける。感情タグは先週のEvernoteセミナーでも佐々木さんが仰っていたのが

・人名でタグをつけておいて会う前にタグ検索してチェック
Twitterアカウントでタグ付けっていうのはありかも。

・オアシスノート/パワースポット
癒しとテンションアップのためのノート。場合によっては他人に見せられなくなるかも笑。

本書を読んで、今まで知ったかぶっていたところ、実は知らなかった使い方なども見いだすことができました。これだけのことが凝縮されているにも関わらず、思っていたよりも短い時間で読み終わってしまいました。それだけ文章が馴染みやすい(堅苦しくない)という証。

Evernoteをこれから使いこなそうと思っている人、もう一度初心に返ってみたい人、いまいち使えてなくてでもプレミアムにアップグレードするくらい使いこなしたい人(私)。本書はそんな人たちに是非お薦めの一冊です。

あとがき
本書の冒頭の部分でグッときたところを引用します。

「これだけは絶対に忘れたくない」を実現するために行うことは「忘れない努力」ではなく、忘れることを前提とした「必要なときに思い出すきっかけを与えるしくみ」を構築することなのです。

これってEvernoteに限らず人生においてとても大切なことだと思います。グッときた!


2011年1月26日

【書評】書きあぐねている人のための小説入門

私のモレスキンの冒頭数ページに書かれているやりたいこと、夢の中にこんなものがあります。

・Football Barを営む
・Gadget Barを営む
・物書きか絵描きになる

上の二つはまあ置いておくとして、物書きか絵描きになるっていうのは、別にそれで生計を立てるってことは抜きにしてやってみたいなあと思っています。

でも私には文才も画才もない。でも小難しいこと考えたり、それっぽいこと書いたりするのは好きだし、くだらないことをアウトプットするのも大好き。

そんなことを話した時に会社の先輩から薦められたのがこの本。



書くだけでなく、その他色々と「あぐねている」私ですが、読んでみました。
この本はテクニックとか、構成とか具体的なものは殆ど述べられていません。そもそも小説って何?という部分を著者ならではの物を書く上での心構えだとか、臨み方だとかいうところに焦点を当てている本でした。

以下ほとんど引用になりますが...。

・小説を書くということ
ある人が発した言葉には、その人なりの身体性や経験が反映されている。
「小説を書く」ということは他人が発した言葉を自分の言葉に置き換えるということである。
小説とは「書きながら自分自身が成長するもの」あるいは「書く前の自分より書いた後の自分の方が成長しているもの」
時折、村上春樹や東野圭吾の文体とかを真似してみたくなるけど、その時点でそれは「小説」ではない。

・ストーリーテラーと小説
事前の青写真どおりに書けた小説は運動性(書いているうちに勝手気ままな方に進む)がないからつまらない。
音楽であれ、小説であれ、表現というものは、たえず逸脱するものをはらんでいないと、やがて滅んでいく。
ここでいう運動性、というのは小説に限らず、手で物を書くという時に特に大きな力が生まれてくるように思います。

・小説と哲学
小説という表現方式も哲学と同じように、"答え"を書くためにあるのではなく、最初の一行から最期の一行までに至る全体として提示されるもの
フロイト以前、人間は意識がすべてであり、意識が無意識によってたえずゆがめられているなどとは誰も考えていなかった。しかし現実には、私を「私」と思う意識は、無意識という激しく波立つ水面に浮かんだ筏のように不安定なものでしかない
今、この時間、この場にいる「私」は決して「私」の全てではないということ。小説を書く、ということからは離れてしまいますがグッときた。

・風景を書く
風景を書くということは実は難しい。そもそも三次元であるものを無理に文字という二次元のものに詰め込んでいるから。
だから風景を書くにあたり、たくさんのことを考えることで、技量も確実に上がる。(中略)ここで言う技量とは、書こうとすることが思い通りにかけなくても感嘆に投げ出さないで、それに辛抱強く労力や時間を費やし続けることが出来るようになる。
風景描写には、"風景を見るときの時間の長さ"と"書かれた風景を読むときの時間の長さ"が違うという問題がある。
思えば「風景を書く」ということは「あるものを文字で表現する」ということの難しさを端的に教えてくれるような気がします。

・その他グッときたところ
論理的な思考というのは難しいと思われがちだが、論理も言語もどちらも線的(直列的)な構造であるため、人間の脳にとっては同じ質の作業に属するのでさほど難しいことではない。しかし、知覚全般は一挙的(並列的)なため、それを線的(直列的)な言語に置き換えるのは脳にとって負担が大きく、それゆえ感動も大きくなる。
知覚はある事象に対して「熱い」「大きい」「四角い」ということを一挙に感じるけど、論理的思考や書くということについては線的構造になる。
熱くて大きくて四角い、のと、四角くて大きくて熱い、のとではまた違った印象を与える。知覚を完全に再現することは難しい。
「自分に別の人生があったんじゃないか」と不意にリアルに感じた瞬間は、もっとずっと面白い。その瞬間の気持ちは不安定でどこにも着地しようがない感じがする。日常生活で何にも回収されようがない感じがする。その感じこそが何よりも面白い。
小説は"細部"が全体を動かすという独特の力学を持っている表現形態なのだ。
制作のプロセス自体に楽しみや喜びを見つけることができなければ、作品を完成させることができない。だから"作品の完成"とは、制作のプロセス自体のことなのだ。
当然プロセスには苦しさ、厳しさもつきまとう。

全般を通して特に印象に残ったのは以下のようなことでした。
・小説は最後を決めて書かないということ。書いているうちに思わぬ方向に書き進むということが面白さを生む。
・今までの小説感(自分ないし世間一般の)から逸脱すること。
・小説を書くことによって書いている本人自身が成長する。成長させてくれるようなものが小説である。

小説入門、と銘打たれているものの、私はこれは「文字で書き表すもの」全般に言えることなのではないかと感じました。長い短いはあれど、自分の言葉で、表現でどう書くかを試行錯誤し、アウトプットする。そのプロセス自体が自分自身を成長させる。

「書きあぐねている」というのはまさに成長しようとしている途中の状態なのだと。だから「書きあぐねている」ところで決してやめずに少しでも自分なりの言葉、自分という身体性、経験が反映された言葉でアウトプットしてみる。ということが結果として自分にとっての成長につながるのだと。

私が将来小説を書くかどうかはわかりませんが、これからもこのブログや各ソーシャルサービスで自分の言葉で文章を紡いでいくことにします。

あとがき
このエントリーはすこしシラフではない状態で書いています笑。
そしてシラフの時に改めてこのエントリーを見直してみたい。
どっちの状態も「私」であることに変わりはありません。それを残しておくことも大事かなあと。

2011年1月16日

【書評】仕事をためこまない人になる5つの習慣

昨年末のスピードハック総決算2010で念願かなってシゴタノ!の大橋悦夫(@shigotano)さんと佐々木正悟(@nokiba)さんにお会いすることが出来ました。

スピードハック総決算2010のレポートエントリーはコチラ。
スピードハック総決算2010に行ってきた。

後日、佐々木さんに再度お会いする機会があり、その時になんと!
当時出版されたばかりの新刊「仕事をためこまない人になる5つの習慣」を献本頂いてしまいました!感謝感激!佐々木さんありがとうございました!



今まで書評もろくに書いてこなかった自分にとっては青天の霹靂であり、色々あったこの半年で全然出来ていなかった読書再開、そして書評エントリーを書くモチベーションとなるには十分すぎる出来事となりました。

というわけで、到底書評といえるものではありませんが以下書評書きます!

■メンタルモデルを理解し、自分の中に取り込む。
仕事術やタスク管理システムはメンタルモデル(手順の図式・原理原則)を理解し、自分の中にインストールしていないと、空虚なものとなってしまう。このメンタルモデル、というのが今回のキーワードであると私は捉えました。

私もスピードハック総決算2010に参加して以来、ToodledoやTaskChuteを活用していこうとおもっているのですが、なかなか活用できていません。これはすなわち自分の中にこれらツールのメンタルモデルがインストールされていないということであり、それは自分がこれらのツール、システムを信頼していないからということに他なりません。

仕事術やタスク管理システムといったものには、基礎となるメンタルモデルというものが存在しているはずですが、自分なりにそれらを理解し、アレンジして使いこなしていく、馴染んでいくことによって新たにその人ならではのメンタルモデルもできあがっていくのではないかと思いました。

ただ方法論を長年運用しているだけではメンタルモデルをインストールできないこともある

ということは、単にそのツール、システムのメンタルモデルを理解していないから、と言うことに限らず
根幹のメンタルモデルは理解していても、日々メンテナンスをしていく上で、自分なりのメンタルモデルを作り上げていけない(理解できない)
ということではないのか、とも思ったり。

■やはり私はタスクリストで仕事をしていた
うまく機能するタスク管理システムとは、という部分で
安心:やるべきことに確実に出会えるという確信
やるべき作業の提示:今やることだけが見えること
とあり、これにはグッと来ました。

やはり今まで私はタスク管理システムではなく、タスクリストをもとに仕事をしていたんだなあということを実感。そしてそのタスクリストは紙だとかPCのテキストファイルだとかToodledo、はたまたモレスキンの1ページに分散していて、それらの中でも項目が重複していたり、かつチェック状況がバラバラだったりと、やってはいけない典型例を地でいくお粗末さ...。

まずは、やるべきことを本当の意味で全て書き出すこと、そしてそれらを小分けし、分類して「出会うべきところで出会うタスク」にしていくこと。これを継続的に出来るよう、自分なりのタスク管理システムの構築に取り組んでいきたいと思います。

■メモ、そしてユビキタス・キャプチャーのメンタルモデル
5章のメモに関する部分では以下の二つがグッときました。

メモは、「他人」に対して書くものーこれはメモに関してよく言われているメンタルモデルです。文字通り他人の場合もありますが、ここで言う「他人」とは未来の自分のことです。

「自分は大事な書類のことは忘れない」と簡単に言う人がいますが、どれくらい大事であるかは、人によって、また時期によって変わります。

拡大解釈になってしまうかもしれませんが、これは仕事術やタスク管理システムに限らず、ライフログあるいはユビキタス・キャプチャーにも適用できるのではないかと思いました。

あることをメモしない、というのはあくまで「現在の自分」が判断していること。「未来の自分」がそれを必要としているかどうかは「現在の自分」には分からない。だから、「あらゆることを記録するライフログあるいはユビキタス・キャプチャーを継続していくことによって未来の自分が必要としているであろうことも忘れ去られないようにしておく」というメンタルモデルを理解し、自分の中にインストールできれば、ライフログあるいはユビキタス・キャプチャーを続けていくということが出来るのではないかと思っています。

まだなかなかユビキタス・キャプチャーを完全に継続できているとは言い難い状況ですが、自分自身で手帳術なんて偉そうなエントリーを書いたおかげか私のモレスキンは1年前とは比べものにならないスピードでページが埋まっていっています。もう少しで書き残すことが習慣になったといえる状態になりそうです。書き残したものをレビューするという段階になって、さらにこのメンタルモデルについて、そしてユビキタス・キャプチャーの素晴らしさを実感するということになるのではないかとワクワクしています。

また、本書では「1日1箱」仕事術に関しても少し触れられていました。忘年会のじゃんけん大会で偶然にも『残業ゼロの「1日1箱仕事術」』を頂きましたので、こちらも後日書評エントリーを書きます。



あとがき
今まであまり書評エントリーを書く、ということをしてこなかったのですが、今年は読書を含め、このブログでも書評を書いていきたいと思っています。
実際に書いて思うのは、書評を書いている皆さんの文章力!到底私にはそのような文章は書けそうにありませんので、
まずは自分の思ったことをつらつらと書いていくので精一杯になりそうです。
そんなことを言っている割には小難しそうに文章を書くのが好きなのでtypoとか文章として成立しない書き方をすることは多くなると思いますが。
よろしくおつきあいください。